広い世界を感じて打つ

今日の練習で思ったこと

今いる空間の広さに関係なく
演奏してる時
広い世界を感じられてるかどうか

その広さの分だけ
音は響く

それは自分の外に広がる世界でもあるし
自分の内側に広がる世界でもあるし



子育て

でも黒い相棒は今、ドイツにいる。

1年を通して、何度か海外へ
ツアーで行かせてもらっている近年、
日本に置いておく太鼓セットと、
海外に持ち出す太鼓セットが必要になってきて、
今年、老舗宮本卯之助商店の全面協力の下、
揃え始めたのである。

んなわけで、ドイツ〜モロッコツアーの後、
ワタシ達は日本へ、
太鼓達はドイツへ、と
モロッコからの帰路は別れ別れに。
7月中旬、スロバキアで再会するまで、
太鼓達はドイツでワタシ達を待っている。

んなわけで、日本に帰って来たワタシの元へ
やってきましたNEW弐尺五寸。

黒オケは、ワタシのトコロへ来た時点で
当然のことながら、何十年と打たれてきた太鼓だったから、
すでに皮の銀面(一番表面の皮)もはげて、
丸く、渋い音に育っていた。

一方このコは、出来立て生まれたての0才。

まったく、別物ですな。

この年から子育てすることになるとは・・・。(=_=)
黒オケと違って、このコはおそらく
ワタシが死んでも生き続ける寿命をもってるわけで、
さぁて、どんなコに育つのか。
責任重大だ〜。
NEW弐尺五寸


弐尺五寸の黒いヤツ

黒オケの中黒オケ白オケワタシの相棒は、
昭和参拾参年八月生まれの
弐尺五寸黒桶胴太鼓。

GOCOO誕生の1997年以来ずっと、
こいつと一緒に旅を続け、
こいつを育て、
こいつに育ててもらい、
こいつの音は、ワタシの音、
ワタシの太鼓人生になくてはならない存在。

あと何年もってくれるだろう。
ワタシより長生きするのかな。
どっちが先かワカラナイケド、
いずれにしても、最後まで、
あたしゃ、こいつを打ち続けるんだ。

バチの呼吸

バチの呼吸

バチに呼吸させてあげること。
音から次の音までの間も、バチは呼吸し続ける。
その呼吸がバチを生かし続けて、次の音を生む呼吸にまたつながる。

呼吸が動きを生む。動きが音を生む。
ひとつの音を打ったバチが、次の音を打ちにいくまでの、動きの流れをみれば、
バチが呼吸してるか、生き続けてるか、わかる。
途切れさせないこと。

バチに呼吸させてあげるには、
自分が呼吸する。
間の呼吸、間の歌い方、が、
音のない間を、ただの隙間にするか、
間の「音」を奏でるか、の違いになる。

練習日記 脱力練

1月9日 脱力練
今日は、道場練の中でも一番「基本」的なことをテーマにする「基本練習日」
6つのテーマがあって、基本練習日ごとにそのテーマを順に巡るんだけど、
今日はそのひとつめ。「脱力練」。
基本の一、に、脱力練をもってきたのには、やっぱり訳があって、
太鼓を打つには、余分な力を抜くことが、まんず大事ってことなんである。
太鼓を打つぞ、と思うと、大抵の人は、ついつい力みたくなる。
そもそも、バチのような木の棒を持った時点で、どうも戦闘体制に入ると言うか・・・。

でも実際は、余分な力を抜くことで、バチはカラダの一部になってくれる。
力を残らずバチに伝えることができる。
力を抜くことで、力を最大限に使うことができる。

ってことで、基本の一に脱力練をもってきて、この日は太鼓を打つより、
みんなで何かに取り憑かれたかのように、謎の踊りを踊ったりするのである。(笑)
ウソウソ。脱力体操デス。(^ふ^)
まあでも、脱力するには、肉体だけじゃなく、
ココロもゆるまないと、チカラ抜けないからね。
いろんなタガを外していくことが、脱力への道ネ。

この脱力練、いろいろポイントがあって、いろいろな動きをやるんだけど、
いずれも要は、腹にチカラためて、そこから動きを起こして、
その動きの流れをバチ先まで伝える上半身は、
柔らかくしなやかに、脱力できている状態、
・・・をカラダの中に感じるのが目的。
太鼓を打つっていうのは、自分のカラダとあらためて出逢っていく作業でもあると思うんだな。
自分のカラダの中が、今どんな状態なのか、どういう動きの流れが起きているのか、を感じとるのは、
手先の手順を覚えることより、よほど大事。

オナカの底に大地がある。
そこから、小さな芽が伸び始める。
「い〜ち」で、小さな芽が少しだけ伸びて、
オナカの底から、伸びてくる動きが少し生まれる。
ほんの少しダケド、それはオナカから胸、首から頭へ、肩から腕へと伝わって、
自然と腕が軽くふわっと持ち上がる。
同時に両足へは、根が伸びていく動きが少し生まれる。

その小さな芽を、「に〜ぃ」「さ〜ん」「し〜ぃ」とゆっくりゆっくり数えながら、
ひとつ数える毎に、伸ばしていく。
新芽は若葉になって、小さな木になって、枝を伸ばし、根をはり、
「は〜ち」までいく頃には、すっかり大木になって、
太陽の光を浴びて、風を感じて、悠然と生い茂り、枝葉をおおきく大きく伸ばしていく。
しばらく、好きなだけ伸びたら、ゆっくりと、腕が下りてくるに任せ、
また大地まで戻ってくる。

この練習をやっている時のみんなが、実に美しいのである。
そして実にキモチ良さそうなんである。
ただ腕を上げていく動きじゃなく、
動きの起点がオナカにあって、その動きがカラダの中を伝って、
頭の先、手の先、足の先へと伸びるしなやかな線を描いていく。
しなやかな線だから、伸びがいい。
手の先、バチの先、その先まで、
伸びていく流れが続いているのが見えるような。。

オナカに起点を置いた、このしなやかな動きが、
太鼓を打ち抜いていくための動きのコツ。
もっともワタシの打ち方は、我流だし、
通常の所謂、和太鼓の打ち方とはかなり違うから、
和太鼓すべてに共通するとはいえないだろうケド、
でも、オナカを使って、バチを手にした身体全体をしならせて打つ、
この打ち方は、理に適ってるとは思う。(^ふ^)

先日、林英哲さんがTVに出ていらして、
背中を見せての太鼓の正面打ちは、今じゃ伝統的なスタイルと思われてるけど、
自分が始めたことなんだ、と話しておられた。
確かに、あれは様式美として美しいし、
あの打ち方で、あれだけ打ちきる英哲さんは、やっぱり凄い、と思う。
始めた人、なだけある。
でも、それが日本の伝統的な和太鼓のスタイル、
と、一般的に思われちゃってるくらい、
それを真似した人がたくさんいる、ってことで、
それについては、どうなのよ???と思う。

もうちょっと自由であっていいんじゃないか、と思う。
もうちょっと自分の身体で見つけていくスタイルがあっていいんじゃないか、と思う。
・・・って脱力練の話から、ずいぶん逸れ始めたけど(笑)
太鼓の打ち方は、太鼓と自分の身体に教えてもらえ〜!ってことも忘れずに。
ハイ。(^ふ^)

12月18日練習日記 音まわし

今日の練習最後は、みんなの好きな音まわし。

これは、今日初めて太鼓打ちにキタ人も、
もう何年もずうっと太鼓打ってる人も、
一緒になって楽しめる、ちょいとゲーム感覚な練習なんだけど、
何を打つにしても、みんなで打つなら、
同じひとつの波に乗って打つことナンダ、ってことが
実感できるステキナ練習でもある。

みんなで同じ波に乗っているから、
音があっていく、アンサンブルが心地いいものになる。

曲だったら、始まってから終わるまで、
ひとつの波にみんなで乗り続けられるかが勝負♪

ってことで、みんなで輪になって、タカタのリズムに乗って、
打つこと自体は実にシンプルに音をドン、ドン、ドン、ドンと
回していくんだけど、
波が出来てくると、だんだん音の渦が目に見えそうなくらい、
ぐるんぐるんと回り出す。
波乗り同様、時に波から落ちそうになって、
おっとっと、と立ち直れる時もあれば、落っこちてしまう時もある。

そこから次は、だんだんと、一定のリズムじゃなくていいから、
回り続ける音を感じながら、次の人へと渡していく。
緩急、大小の変化のついた渦が、今度は回り始める。
これがまた、おもいがけない渦を生み出して実におもしろい。

フレーズや曲を練習しながらだと、どうしても、
自分が打つことで精一杯になってしまうけれど、
こういう練習がステキなのは、
音はコミュニケーションなんだってことが、
自然とみんなの中に生まれていくところだ。

受取って渡す、受取って渡す、そうしてひとつひとつの音が
紡がれていって、音楽になっていく。
テクニックでも知識でもなく、
そこに自分が差し出す、たったひとつの「ドン」っていう音も、
その音楽の中に存在する、大事なひとつの音。

ワタシは基本的に、太鼓は、みんなで打つ!が好きだ。
だからこそ、みんなで打ってても、ひとりで打ってても、
そんなひとつひとつの「ドン」を生かしたい、生きた音にしていきたい、と思う。

この練習はそして、音は、音と音の間が生み出す、
ってことにもつながるんだけど、
この話はまた今度。

12月15日太鼓練習日記

GOCOOだったり、TAWOOだったり、
太鼓の練習をしていると、
それはつまり、自分がやってきたこと、やろうとしてることを、
音で、カラダで、コトバで、何とか伝えようとする作業で、
練習を創ってて、自分で自分がやってることや言ってることに、
ああ、なるほどな、と思うことが日々、結構ある。

せっかくサイトも新しく生まれ変わったし、
日々の練習での発見ポインツを、伝えていこうかな〜、っと。

今日はT2って、GOCOOでも打ってるけど、
フレーズが掛け合いになって、
Aさん、Bさんが呼応しあっていく曲の練習。

練習途中で、AさんBさんひとりずつ、2人だけで打ってもらった。
大勢で、息を合わせて、音をひとつにしていくのも容易じゃないけど、
1対1で合わせていこうと思うと、これまたいろんな現象が起きる。
自分がとらえてるテンポと、相手がとらえてるテンポが、
どうもかみ合ってない。
さて、ここはどっちに合わせるべきなのか、互いに歩み寄るべきなのか。
合っていないと感じた瞬間、合ってないじゃん!と相手を責めるのか、
ああ、やっぱりワタシってダメだわ〜と自分を責めるのか。
そもそも合ってないことにも気づかず、相手がいることも忘れて、
我が道をいってしまってるのか。
どうしたら音が合わせられるのか・・・どう考えるのが正しいのか・・・
考え始めると、答えのない疑問の谷ナノダ。

でもこれが、1対1じゃなく、次に1人対10人でやってみると、
結構イケル。

1対1とか、ひとりきりとか、
自分の音が丸裸の剥き出し状態になった時は、
自信のなさの度合いの分だけ、腰が引ける。
自分の音を疑いだす。相手の音も疑いだす。
そうすると音は合いようもないから、ぎくしゃくする。
さらに疑いを確信しちゃったりする。
これが1対10だと、たとえ自分は1人でも、大勢の音の中で、
もうちょっと安心して打つから、
実はこれくらいは打ててるって力が出せる。

大勢の中でできてることを、ひとりになっても、できること。
それはカンタンなようで難しいけど、
難しいようで、カンタンでもある。

腹くくって打て、ってことだ。

自信がないんです、って音を出してても、意味がない。
自信がないんです、ってことを音にして伝えても、意味がない。
それは、自信がない、ってところに逃げてるだけだ。

打つ時は、えいや、っと腹くくって、集中して、精一杯打つ。
相手の音にも、同じように集中して、精一杯受け止める。
練習だろうが。
練習だからこそ。

あとは、今日の練習の後半でやったように、
連打やドンツのビートの中で、しっっっかり、
そのフレーズが歌えるようになる!
ってのが、自信を持って打てるための近道だな。

ひとつの音、ひとつのフレーズを打つにも、
ただな〜んとなく打ってるだけじゃ、
見えてこない聴こえてこないことがたくさんある。
ひとつの音、ひとつのフレーズに、腹くくって真剣に向き合って、
打ち込んでみた時に育ってくる音がある。
せっかく太鼓打てるんだから、
ひとつひとつの音を大事に、いとおしんで打つ。

人と音が合うって、どういうこと?どうしたらいいの?って疑問だって、
結局最後は、愛しかない、と思うのだ。いや、ほんとに。

ってことで、今日は、
「腹くくって、打つべし」
んで、
「最後は、愛!」だ。

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Gocoo kaoly

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日本国内をはじめ、世界中で活動している創作和太鼓グループ「GOCOO」のリーダー。
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