GOCOOメンバーとの出逢い タロウマツザキ編

GOCOOメンバーとの出逢い タロウマツザキ編

桃太郎は、鬼ケ島から1匹の子鬼を連れ帰っていた。

この後日談は、案外知られていないのであるが、事実なのである。

桃太郎という人は、これがまあずいぶんと酔狂な人で、
鬼ケ島へ乗り込んでいって、大暴れした後は、
鬼達がすっかりおとなしくなったのをいいことに、
やれさーふぃんだの、やれ、だいびんぐだのと、
島の暮らしを満喫していたのであるが、

そこで、芸と才に長けた、やんちゃ坊主の1匹の子鬼と出逢い、
たいそう気に入って、いよいよ島を離れるという時に、
一緒に連れ帰ることにしたのである。

おじぃさんとおばぁさんの家に戻った桃太郎は、子鬼に言った。

「おまえもこれから人間の世界で暮らしていくんやから、
なまえちゅうもんが必要や。
そうやな、お師匠はんが弟子に名前をつけるとき、
おのれの名前の一文字をつけてあげるやろ?
おまえにはおいらの名前から一文字とって、太郎、ってつけたるわ」

桃太郎は、喋れもしない方言をその気になって使うのが趣味だった。
この日は、関西方面な気分であったらしい。
しかも、太郎、だったら一文字じゃなくて二文字じゃん。
だし、そういう場合、桃、の方を使うか、
ナントカ太郎にすべきじゃないのか。
子鬼は心の中で独りごちた。

さて、そんな「太郎」の新生活、人間の世界へやってきても、
太郎のやんちゃぶり、いたずら好きは健在で、
桃太郎家には日々
「こら!太郎!」「おい!太郎!」「まて!太郎!」
といった声が飛び交うこととなったそうな。

そうして、桃太郎と子鬼の太郎は、風の吹くまま気の向くまま、
犬、サル、キジを従えて、またなにかしらを退治しに出かけてみたり、
さーふぃんに興じてみたり、きびだんごビジネスにいそしんでみたり、

また手先の器用な太郎は、桃太郎の姿を模した人形など作り、
鬼ケ島にいたころから習い覚えた太鼓なども手づくりし、
退治の合間に、桃太郎、犬、サル、キジと、太鼓を打ち鳴らし、
おじぃさんとおばぁさんも交えて、楽しく愉快に
末永く、幸せに暮らしましたとさ。

さて、鬼というものは、たいそう長生きな生き物で、
人の千年が鬼の百年という。
やがておじぃさん、おばぁさん、犬、サル、キジ、
そして桃太郎までもがあの世行き。

だぁれもいなくなっても、子鬼はまだまだこどものまま。
時代ごとに姿かたちを変え、百年、二百年、三百年と、生き続けた。
でこに生えた小さなツノのせいで、
いつの時代もこども達にいじめられもしたが、
元来がいじめっ子体質のやんちゃ坊主な太郎のこと、
じきにその子らをぎゃふんと言わせ、ガキ大将ぶりを発揮しては、
「こら!太郎!」「おい!太郎!」「まて!太郎!」
と言われ続けて、ん百年。

どうやらこの間に、
三蔵率いる悟空一行との遭遇があったとか、なかったとか。

またあるとき太郎は、夢に出てきた仙人のような老人の姿を人形に仕立て、
これが「鐘馗」さんと呼ばれるようになって、
江戸時代には、京都を中心に、この鐘馗さんが
無病息災の守りとしてたいそう流行り、
一躍財を成したりしたのであるが、
鐘馗さんが、子鬼を踏んでいる姿であることからもわかるように、
夢に出てきた老人は、太郎を案じて現れた桃太郎の
老いた姿であったとか、なかったとか。

案じたってぇわりに、オレを踏みやがって・・・とは太郎の言い分である。

さて、そんなこんなで時代は昭和。

太郎もちょっとは年を取ったが、やってることは、ちぃとも変わらない。
なりわいとして、人形などつくり、
天気のよい日はサーフィン三昧、
あいかわらず風の吹くまま気の向くまま、のほほんと暮らし、
タイコビートに乗せられて、六本木マハラジャなる踊り場に通いたおし、
幾晩も踊り明かしもしたが、

どうやら長い永い年月生きる間には、
太鼓のことをうかうかと忘れてしまっているときもある。
タイコビートを聴くたびに、なにやら
忘れていることがある気がしてならぬ。

さてここでようやくワタシの出番である。

このときのワタシは、自分が旅に出ようとしていることも、
旅の仲間達と出逢おうとしていることも、まだよくわかっちゃいなかった。
が、ある日ある時あるところで、太郎とワタシが出逢う、
その瞬間は訪れたのである。
六本木飯倉片町交差点付近での出来事。

ワタシと対峙した太郎は、
まだ、でこに小さなツノをもつ鬼の姿をしていた。
「げ。鬼・・・。」
町なかで鬼に出逢えば、そりゃ、ふつうビビるだろう。
だって鬼、だもの。

でも、ワタシと太郎の視線が、惑星直列の如くひとつの線で結ばれた時
―それがワタシ達の封印が解ける瞬間だったのだ。
そういうカラクリだったのだ。
太郎はたいせつな記憶をそっと手のひらにのせて差し出すように言った。

「おいら、たいこ、うつよ」

その一言が、「ひらけゴマ」の呪文の如くワタシにとっての、
我が身に託された役割果たすぜスイッチON!!の言葉であったのだ。

そのスイッチは、一度ONされたら、
もう止まらない。止めることはできない。

かくして、旅は始まったのである。

さて、旅の始まりに、ワタシは太郎を連れて、
かみさまのところへ、ツノを取ってもらいに行った。
やっぱしちょっと体裁が悪い。
ツノはマニアックに過ぎる。

かみさまはこの頃から拍子抜けするほど気さくで、
ワタシが、太郎のでこのツノを取ってはもらえまいか、と頼むと、
「ええよ」
と、なぜかこれまた謎の関西弁で、気軽に応じてくださった。

「あ、あのでもね、ツノ、取ってあげるけど、
そこんとこ毛が生えないからね。
そこまでは、わしも責任持てんの。わるいね。
あ、あのそれとね、ツノって脂でできてるからね、
取っちゃうと、でこが脂っぽくなりがちだからね、よく洗顔して。
はい、できあがり。」

そんなわけで、太郎のでこは、ちょいと広くてテカっている。
仕方ないのである。

そしてワタシ達が出逢った町、六本木の名の由来、
六本の大きな松の木にちなんで、かみさまは太郎に
「松崎太郎」という名前をつけてくださった。

「太郎や。お前は何百年、このときを待ったことだろう。
太郎の太の字は太鼓の太の字じゃ。
さあ、おまえ達が出逢うべき仲間が待っておる。
そして、果たすべきしごとが待っておるよ。旅立ちのときじゃ。」

そう語りかけるかみさまに、
太郎は桃太郎のおもかげを見た気がしたが、
あまりに昔のことでうまくは思い出せなかった。
そうしてワタシ達は、
果てしなき道を歩き始めたのであった。

うそのようなほんとうのはなし。
つづく。

GOCOOメンバーとの出逢い ハルナサクライ編

GOCOOメンバーとの出逢い ハルナサクライ編

私が白熊と手に手をとって、
上野動物園の上野公園口からスキップで出ていこうとしていた頃・・・、

カピバラはいつものように、獣舎の小さなプールに浸かり、
浅い瞑想状態で水浴びをしながら、
無表情のまま、両の鼻の穴から
「ぶしゅっっっ」っと大量の水を噴出して、
傍若無人なバクを威嚇していた。

心静かに、水にたゆたっていたいカピバラの気も知らず、
ご陽気なバクは、助走をつけて走ってきては
「イェ〜イ!バッシャ〜ン!」とプールに飛び込み、
挙句に「ゲゲゲゲゲ」と楽しそうに笑う。
そんなことをもう果てしなく繰り返していた。

「ぶしゅっっっっっ」 
再び鼻水でバクを威嚇すると、カピバラは静かに目を閉じた。

カピバラのまわりには、ゆっくりと時間が流れていた。
たいせつなこと、を思い出すために・・・
たいせつなこと、を忘れないために・・・
カピバラのゆっくりとした思考は、
はっきりとしたかたちになることはなかったけれど、
「そのとき」が来るまで、そうして過ごしていようと決めていた。
カピバラは、つよいこころ のもちぬしだった。

ところで、その日から私はなぜか、毎晩おなじ夢をみるようになっていた。
眠りの闇の中から現れる・・・こけし。
こけしはおいでおいでをするように、私の少し前を浮遊していく。
訳も分からず着いていくと辿りつく先は、いつも決まって上野動物園。
そこでこけしは、ふっと消えてしまうのだ。

「どういう意味なんだろうねえ」
ある日、私は白熊に相談してみた。
大好物のすぱいしーもすばーがーに食らいついていた白熊は、
おもむろにそれを置くと、
黙ってお気に入りの帽子とリュックを手に取った。

私達は再び、上野動物園の門をくぐった。

白熊には確信があるようだった。
黙々とツーステップで園内を進んでいき、
そのまま、ある獣舎へと私を導いた。
檻の中を覗くと、プールに浸かったカピバラが
「ぶしゅっっっっっ」っと鼻水を噴出しているところだった。

少なからず鼻水のしぶきを浴び、
私達は一瞬、このままひきかえそうかと思ったけれど、
ぐっとこらえて、カピバラに声をかけた。
「一緒に旅にでるかい?」
返事のかわりにカピバラは、今度こそまともに私達に向かって
「ぶしゅっっっっっ」と鼻水を噴射してくれた。

ずぶぬれの私と白熊、そしてカピバラの3人は、
弁天門をでて、かみさまのところへ向かった。

「かみさま・・・」
私が声をおかけすると、振り向きざまにかみさまは言った。

「あ!こけし!」

そう、そのカピバラはかつて、かみさまのお気に入りの
「さくらいろのこけし」だったのだ。
いつもかたわらにいて、その首を「き、き、」と鳴らしては、
かみさまを喜ばせていた。

物静かだけれど、つよいこころと、豊かな包容力をもち、
鈴をころがしたような笑い声が生み出すやわらかな空気に
かみさまはいつも癒されておられたのだ。

「覚えておるかい?」目を細めて聞くかみさまに向かって、
カピバラは当然、返事のかわりに
「ぶしゅっっっっっ」っとやったものだった。

ずぶぬれになったかみさまが、願いを叶えてくださるか、ひやひやしたが、
さすが、かみさまはおこころが広いのである。
案外無口になってしまわれたが、
無事、カピバラをにんげんのむすめに変えてくださった。

「おまえに、そのとき、がやってきたのだよ。
これからは、はるな、と名乗るがよい。」

かみさまはカピバラに優しくお声をおかけになると、
「へぇ〜っくしょい」とおおきなくしゃみをされて、
ひっこんでしまわれた。
お大事にされてほしいものである。

旅の仲間達のところへやってきたカピバラは、
その中のひとり「たろう」を見た時、
なぜか「バシャ〜ン!」「ゲゲゲゲゲ」
という幻聴を聞いたような気がして、
ちょっとへんなきもちがしたけれど、
カピバラとしての記憶は、なんだかぼんやりとしていたので、
あまり深くは考えられなかった。

そうして、はるなの旅 が始まった・・・。

つづく・・・。

GOCOOメンバーとの出逢い 野口直之 山内猛馬 編 −前編−

それはまだ、かみさまが、
タイコノドン達と、この世界をお創りになっていた頃のこと。
そう「原始トランス時代」のお話。

かみさまの朝は、日課であるタイコノドン・ザ・ライドで始まる。
タイコノドンにまたがり、西へ東へ、南へ北へ、
この世界を自在に走り回られる。
その頃、たくさんのタイコノドン達が、
かみさまと共に世界を創るべく奔走していたけれど、
かみさまのタイコノドン・ザ・ライドには
決まって双子のタイコノドン兄弟がお供していた。

下あごが少し長いのが兄のタケ、肉づきのよいのが弟のノグゾ。
タケとノグゾの鼓動は、ひときわ大きくドンツドンツとよく響き、
その足音が打ち鳴らすフレーズは、2頭の絶妙なかけあいで、
えもいわれぬグルーヴを生み出していた。

かみさまがタケに乗っているとき、
ノグゾは、かみさまのまわりを、じゃれつくように飛び回ったり、
時に遠くはなれて、
おいしそうなはんばーがーの実なんかをつまみ食いして、
あわてて戻ったり、
“いっせいふうびせぴあおどり”をしてみせたり、
息切れをおこしてちょっとしょげてみたり、
たいそうやんちゃで、
かみさまは
「ああ、ゆかいゆかい!おまえがいると、ほんとうに楽しいのう。」と
いつも笑っておられた。

かみさまがノグゾに乗っているとき、
タケはその横で、たいていはクールに足並みをそろえているけれど、
時に、陽のさす丘や、お立ち台の岩にさしかかると、
突然何かに取り憑かれたように 大胆なステップを踏み鳴らしながら、
のたうちまわるように踊りまくった。
そんな時かみさまは、
さかんに手を打ち鳴らし、口笛を吹かれて、感嘆の声をあげられたが、
タケはそのあとにはまた、なにごともなかったように、
クールに足並みをそろえて歩くといったふうだった。

かれらが通ったあとには、ビートが波動となって響き続ける。
それが、この世界のあちこちに蒔かれていた『いのちの種』をふるわせて、
やがてふつんふつんと芽がふき始める。
そんなふうにして、“野”や“山”が創られたいった。

けれども、来る日も来る日もひたすら走り続けることは、
タイコノドン達にとって、けっして楽なことではなかった。
心臓がはちきれんばかりになることや、
足が鉛のようになって、もう1歩も前へ進めないと思うこともあった。
でもタケもノグゾも、じぶんたちのさだめを、誇りに思っていた。

くるしい、もうだめだ、と思う時は、
隣でちからづよく大地を駆ける兄弟を見れば、
枯れ果てたはずのちからが、どこからかまた湧いてきた。
おたがい同時に、くるしい、もうだめだ、と思って走っているのだけれど、
おたがいが相手のちからとなって、一緒なら走り続けられた。

そうしてながいながい年月がたち、
この世界一面にいのちの種が芽吹き始めた頃、
タイコノドン達がひとまずその役目を終える時がやってきた。

その朝、かみさまはタケにもノグゾにもお乗りにならず、
そのかわりふたりを両手にお抱きになると、
その耳になにやらささやかれた。
そのささやきを聴きながら、
タケとノグゾはゆっくりと永い眠りに落ちていった。

ふたりが眠りに落ちたあとも、
かみさまは長いこと、そうしておられた・・・。

 

後編へつづく

GOCOOメンバーとの出逢い 野口直之 山内猛馬 編 −後編−

そうしてながいながい年月がたち、
この世界一面にいのちの種が芽吹き始めた頃、
タイコノドン達がひとまずその役目を終える時がやってきた。

その朝、かみさまはタケにもノグゾにもお乗りにならず、
そのかわりふたりを両手にお抱きになると、
その耳になにやらささやかれた。
そのささやきを聴きながら、
タケとノグゾはゆっくりと永い眠りに落ちていった。

ふたりが眠りに落ちたあとも、
かみさまは長いこと、そうしておられた・・・。

ほんとうに長いこと、ずうっとずっとそうしておられたから、
かみさまの腕の中で、
やがてはタケとノグゾのカラダ中からも、いのちの種が芽を吹き始め、
いつか、タケとノグゾは2本のおおきなおおきな木になっていた。

2本の木からは「どぉぅん、どぉぅん、どぉぅん、どぉぅん・・・」という音が
静かに、ちからづよく響き続けていた。
タイコノ森はその響きを満たしながら、
誰にも知られることなく 果てしない時を重ねていった。

ある日、タイコノ森に、たいこや、がやってきた。
たいこや、は太鼓をつくるための木を求めて、長いこと旅をしていた。
「どぉぅん、どぉぅん、どぉぅん、どぉぅん・・・」
音にみちびかれて、たいこや、は、やってきた。
2本の木に出逢った、たいこや、は、
これこそが探し求めていた木だ、と確信して、
天を仰いで感謝のコトバをつぶやくと、
静かにていねいに、2本の木にのこぎりを入れた。
その瞬間、つよい風が、木の中から飛びだしたので、
たいこや、はちょっと肝をつぶしたけれど、
風は「どぉぅん、どぉぅん、どぉぅん、どぉぅん・・・」という音と共に
タイコノ森を駆け巡ると、そのまま吹きぬけていった。


そうしてまた、ながいながい年月がたった・・・。

「りりりりり・・・」
ある日のこと、である。
「もしもし、あの、かみさまなんだけど」
かみさまから、おでんわがかかってきた。

で、でんわ・・・?かみさま、なのに、でんわ?
いや、でもわたしが手にした受話器からは、確かに、
かみさまのお声が聞こえていた。

「うん、でんわね、べんりかな、って思ってさ」
いったい、かみさまにとって、
なにが便利で、なにが不便なのか、という疑問が
どっと押し寄せそうになったけれど、
かみさまのことをわかろうとすること自体が、
オコガマシイのかもしれないと思いなおし、
あらためて受話器をにぎりしめてみた。

「はい、こんにちは。きょうは、どんなご用でしょう。」
するとかみさまは、おっしゃった。

「あのね、ウマとゾウを迎えにいってほしいんだけど」

「ウマトゾウ・・・、ですか・・・。」

「そ。馬と象ね。すぐわかるよ。
にんげんに交じって、かいしゃで、しごとしとるから。
馬はのぅ、しすてむえんぢにあ、をやっとる。
象はのぅ、でざいなあ、をやっとる。
しすてむ、をこうちくする、はタケの才能。
美しきもの、を でざいんをする、はノグゾの才能。
この世界をいっしょに創っていた頃、
原始トランス時代にやっていたことと、
結局おんなじ、なんじゃよ。ふぁっふぁっふぁ!」

ええと、残念ながら、
私にはかみさまのお話しがうまく理解できなかったけれど、
ともかくその会社とやらへ向かった。

果たして、かみさまのおっしゃるとおり、
にんげんと机を並べて、
下あごの少し長い馬と、肉づきのよい象がしごとをしていた・・・。
周りのにんげん達は
「タケマさん、3番にでんわです」とか
「ノグゾウさん、お昼一緒に行きましょう」とか
ふつうそうに言っているけれど、どうして平気なのだろう・・・。

でも、どうぶつ的勘、というものはさすがに強いらしい。
私が「あの・・・」と声をかけようとした時にはすでに、
ふたりとも身支度を終えて、
「旅にでるときがきた」とかいしゃの人達に告げ、
じょししゃいん、を泣かせていた。


かみさまはたいそう喜ばれた。
そして、馬と象を両手にお抱きになると、
その耳になにやらささやかれた。
かみさまの腕の中で、馬と象は、青年に姿をかえた。

「封印は解かれた。 タケマよ、ノグゾウよ、旅だつがよい。」

キメ台詞を口にされたかみさまのお顔は、
一瞬、でも確かに、 若者の面影をたたえられていた。
タケやノグゾと世界を駆け巡っていらした頃を、
思い出しておられたのだろうか・・・。


そうして、タケマとノグゾウの旅がはじまった・・・。


つづく

GOCOOメンバーとの出逢い ノリコカワイ編


「そらから かめが ふってきたんだよ」
唐突にうえきばちが言いました。

どうやらうえきばちには、突然むかしばなしをする習性、があるらしく、
いつもどっきりさせられます。

「ぼくがまだ こどもだったころの はなしさ」
そのでっかい目を細めながら、懐かしそうに語り始めました。
「そのひは まんしょんの そうじのひ だったんだよ。
ぼくは おとなたちにま じって  にわそうじをしてたんだ。」
うえきばちの庭そうじ、ってのは、いかなるものなのかと思いましたが、
その疑問は、ぐっと飲み込んで、
私はうえきばちの話を聞くことにしました。

「そしたら・・・あたまのうえのほうから、
ぴゅるるるるるるるるるぅ〜という、ちいさなおと、が
きこえてきたんだ。」
思わず空を見上げたうえきばちは、
ちいさなまあるいものが、
くるくるくると回りながら落ちてくるのを、もくげきしました。
なんだろう???と思わず見つめていると、
な、なんと、
ぴゅるるるるうううぅぅぅ・・・・・ぴとっ!
なぞのぶったいは、うえきばちのおで こに、 見事、着地。
「そらから ちいさな かめが ふってきたんだ」

そう、神様はこの世のものたちに、ごほうびとして、
実に多種多様な「当たり」を用 意してくださっています。
そしてもちろん「空から亀が降ってくる」というのは、
中 でも稀 にみる「大当たり」の部類、
そらみみアワーのジャンパーくらい
稀にしかもらえな い、ごほ うびです。
うえきばちは、1週間ほどおでこに残った亀の形のあざについて、
なにやらぶつぶつ と言っていましたが、
そんな贅沢を言ってはいけません。

「HAPPY!」
おでこの亀は、
うえきばちのでっかい目玉をのぞきこみながら、言いました。
「HAPPY・・・HAPPY・・・HAPPY・・・HAPPY・・・
ほわんほわ んほわんほわん・・・」
亀のことばが、うえきばちのこころのなかに響いていくにつれ、
なんともいえない シアワセなキモチがわいてきました。
そう、神様からのごほうびは、
日々の些細なことひとつひとつを楽しくしてくれるち から を宿した亀、
だったのです。

うえきばちは、それからいつも、
おでこにちいさな亀をのっけて暮らしました。
行きかう人々誰もがうらやましがります。
「ほう、すごいね。」「すてきな亀だ。」
誉められるとウレシイ亀は、おでこの上でぴちぴち飛びはねて喜びます。
武道家のけいれきをもつ亀は、亀のくせにバネが強く、
鋭い飛びとともに型を決めて みせたりして、
そのパフォーマンスはやがて人々の知るところとなりました。
「そのころ すとりーとで 
えたいのしれない つつ をぶーぶーとふきならすひと  にであったよ。
ごろばば とかいうなまえだった。」
となりあわせてストリートパフォーマンスをするうち、
なかよくなった3にんは、
ご ろばばのぶーぶーと、うえきばちの太鼓に合わせて、
亀が演舞をしたり、8の字ダン スを踊ったりして、
すっかりにんきものになりました。

でも、別れは突然にやってきました。
ごほうびの ゆうこうきげん、が切れてしまったのです。
神様は、れいによって、
互いの脳みその中にうすぼんやりとした記憶、だけを残し、
亀を引き上げてしまったのです。
が〜ん。

そしてどれくらいの年月が経ったのでしょう。
私はこのうえきばちの昔話をきいて、
さっきからむねにひっかかるものがあり、
動悸息切れ宇頭救命丸状態です。
もしや・・・あぁ、いや、ずばり言いましょう。
そのちいさな亀は、
わたしがもっている、ちいさな急須、なんじゃないか。

その急須は、やはり神様からのごほうびでした。
これまたもちろん「大当たり」です。
なぜならそれでいれたお茶は、やさしい味がして、 飲むと元気がでて、
日々の些細な ことひとつひとつが楽しくなるのです。
このお茶のちからで、私達は旅をつづけてこれたようなもの。
(ただし、なぜかこのお茶を飲むと、
とんでもない言い間違えや聞き間違えをおこしやすくなる、
という、 ふくさよう、がどうもあるらしく、
この辺が神様のお考えの、 わからないところです)

私は急いで、うえきばちに急須を見せてみました。
うえきばちは急須をおでこにのっけてみたり、
くるくるくるとまわしてみたりして、 ためつすがめつしていましたが、
やがて「うん、そうかもしれない」とつぶやきまし た。
私とうえきばちは、急須をだいて、
いそいで神様のところへでかけていきました。

「神様、どうかこの急須をにんげんにしてやってはいただけまいか」
「来るのが遅いっつーの」
神様はちいさな声で独り言をおっしゃったかと思うと、
「いいよ」と、言うが早いか、
急須を人間の姿に変えてくださいました。
急須は、亀と急須のおもかげをしっかりと残しつつ、
キュートで威勢がよく、心根のやさしい、
元気むすめのたいこ打ち、に生まれ変わ り、
神様は「ノリコカワイ」という名前もつけてくださいました。
「ああ、そして神様、どうか、
ごほうびのゆうこうきげん をなくすほうほうを、お しえていただけまいか」
「いいよ」
神様はいつもこのちょうし、です。
「いっしょに しんじつのたびに でるのじゃ。
なかまたちとともに たびをつづけ ていれば
ゆうこうきげんは ないのじゃよ。」
そうなんだ・・・。ありがとう、かみさま。
こうしてまた、私達の旅はつづいていったのです・・・。

(こうなったら)つづく。(がんばる)

 

 

***
うえきばち=ヒデサトウのむかしばなし、
「そらから亀がふってきた」のはホント−の話。
子供の頃マンションのそうじの日に、どっかの家のベランダから
落下してきたらしい。

GOCOOメンバーとの出逢い ヒデサトウ編

さいしょは しーん としていました。

あれはやはり、1990年代 初頭のことだったと思います。
上野動物園の白熊舎の前に立っていた時には、
私は、常に自分から37歩ぶんくらいの距離をおいて、
見え隠れする、その存在に、すでに気づいていました。
白熊と動物園を出たあとも、
それは、わがやの周辺にたびたび、出没するようになりました。

それ、は、ひとつの うえきばち でした。
中にはただ、土が入っているだけの。

でもていねいに耕された跡の見えるその土が発する
いのちの気配を、私は感じとっていました。
白熊は、最初わずかに興味を示したかに見えましたが、
しばらく、ふがふがとニオイを嗅ぎまくり、
仕上げ、とでも言うように、
土の表面に、ばしっと平手打ちをくらわせると、
それで興味を失ったようで、
たらみのゼリーを食べに行ってしまいました。

うえきばち は気まぐれに、私達の前に現れたり、
しばらく姿を見せなかったりを繰り返していましたが、
多分、あの白熊のイチゲキは、うえきばちにとって
よいしげき だったようでした。

やがて、うえきばちに小さな変化が・・・
鉢の大きさに対して、不釣り合いなほどちいさなちいさな
ふたば が、ちょこんと顔をだしたのです。

ああ、やはりこれはただの土じゃなかった。
うえきばち はあいかわらず しーんとしたままですが、
雨の降らない日が続いた時などに、水をかけてあげると、
自分でひなたにいって、日光浴をしたりして、
そんなコミュニケーションらしきものも、
なんとなくとれるようになりつつ、
ふたば は、確実に、日々、すこしずつ、すこしずつ、
成長を続けていきました。

どうやら、蔓科の植物の苗らしい、とわかってきた頃も、
うえきばち はあいかわらず しーんとしたままでしたが、
水のかわりに、肉じゃがを要求したりするようにもなりました。

肉じゃがの栄養も加わって、
うえきばち は加速度的に成長をし始めました。
しかし、一途でがんこで、不器用な性質らしく、
形をととのえることをよしとせず、自分のしんじたほうこう に
どんどん蔓を伸ばしていってしまうので、
なんとも形容しがたい、すがたかたちの植物になっていきました。
しかも、しなやかな蔓の先端42cm程は、何故か必ず堅く、
私達はそれを「バチの実がなった」と呼んでいました。
でも、その形容しがたい すがたかたちには、
なぜか、ひとのこころ をとらえて離さない魅力があり、
蔓1本1本にフシギなちから が みなぎっていました。

そしてとうとう、うえきばち は、
しなやかな蔓を自在にあやつれるようになり、
バチの実で、器用に 太鼓を打つようになり、
白熊の良い遊び相手となって、
私達を楽しませてくれるようになったのです。

でも、そんなうえきばち との楽しい日々は、
数年後のある日を境に、ふっつりと途絶えました。
うえきばち が姿を消してしまったのです。
これには白熊もおそらく、人知れずこころをいためたようで、
その晩は、ふかざけ をしてすこしだけ、あばれてしまいました。

「きっとあの不器用なうえきばち とは
再会する日が、必ずやってくるよ」
私はそう言って白熊を、朝までなだめてやりました。

そう、再会の日は、やはりやってきたのです。
あれは私達が「虹の旅」にでかけようとしていた頃のこと。
ふらりと、うえきばち は私達のところに帰ってきたのです。

「おお、待っていたよ。一緒に虹の旅に出るかい?」
すると、うえきばち は立派に伸び放題に伸びた蔓を
わっさわっさと揺らして「YES」の意志を表明してくれました。

もちろん、私達は その足で かみさまの所へ行きました。
「かみさま、どうか、このうえきばち を
人間にしてやっては頂けないか」
するとかみさまは
「いいよ」
と、例によって、いともあっさりと、
うえきばち を人間にかえてくれたのです。

かみさまは、
人間になっても、以前のすがたかたちを彷彿とさせる容姿に
仕上げるのが、おじょうずです。

うえきばち は、しなやかでひょろりとした肢体をもち、
無口で、ちょっと何を考えているのかワカラナイ、けど
こころやさしく、ナイーブで、才能豊か、
頑固で不器用だけど
一本、芯の通った、魅力的な男性の太鼓打ちに成長しました。

ただ、うえきばち だった頃、
伸び放題に伸びていた蔓は、かみさまでもうまくまとめきれず
最後の最後でちょっぴり やけくそ になったかみさまが
残りの蔓を全部、「かみのけ」にしてしまったので、
びみょーにバランスのわるいことになってしまいました。

でも、気を取り直した かみさまは、うえきばちに
「ヒデサトウ」という立派な名前をつけて下さいました。

そして
「さあ、虹の旅へゆくがよい。
おまえたちにはまだ、出逢うべき仲間がいる。
その仲間達と果たすべき仕事がまっておる。 」
と私達を送り出してくれたのでした。

つづく・・・・
かも。

GOCOOメンバーとの出逢い ユミイシイ編

あれは1990年代初頭のことだったと思います。
ある日、ふと気づくと、
私は上野動物園の白熊舎の前に立っていました。
自分がもうどれくらいの時間、そうしていたのか、
よく分からないのですが、
私は確かに、ある1頭の白熊に魅入られてしまっていました。

故郷のアラスカの海に見立てたにしては、
あまりにお粗末な水溜まりで、
それでも気持ち良さそうに、優雅に、水と戯れ、
そして岩場に上がってきては、手ごろな木の枝を持ち、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉxxx〜」とものすごい雄叫びを上げながら、
並べた切り株に、繰り返し繰り返し、振り下ろす・・・
ひとしきりそうして切り株を打つと、
またおもむろに水の中へとその体を投じる・・・
そんな白熊の一挙手一投足に
そしてその瞳の中に見た「ひかるもの」に
私のこころは、すっかり奪われてしまったのです。

私は思い切って、上野動物園園長にオネガイをしてみました。
「園長、どうか、あの白熊を自由の身にしてやっては頂けないか」
すると園長は
「いいよ」
と、予想に反して、いともあっさりと、
白熊を動物園から解放してくれたのです。

私と白熊は、めでたく手に手をとって、
上野公園口から動物園の外に出ると、その足で
かみさまの所へ行きました。
「神様、どうか、この白熊を人間にしてやっては頂けないか」
するとかみさまは
「いいよ」
と、これまた予想に反して、いともあっさりと、
白熊を人間にかえてくれたのです。
「そのかわり、白熊だった記憶は、
うすぼんやりとしか、残らないんだかんね」
まあ、こういう場合、
一切の記憶が残らないってのが 常識でしょうから、
うすぼんやり、ってのもどうか、とは思いつつ、
かみさまのきもちが変わらないようにと、
私達は異議を唱えることは控えて、望みを叶えて頂きました。

やがて白熊は、
純粋で、情緒豊かで、こころ優しく、思いやりと才能に溢れ、
時に傷つきやすく、感情の波にみずから溺れそうになりながらも、
熱いハートとダンサブルなボディで、
その荒波さえも乗りこなすようになり、
魅力的な、お年頃のむすめさんの、太鼓打ちに成長しました。

「精一杯生きているお前の姿は、いつも見ているよ」
と、ある日かみさまが訪ねて来て下さいました。

ちょうどその頃、白熊は
名曲「Dada」を完成させようとしていたところでした。
まだにんげんのことばは、うまくしゃべれない白熊が
最初に発音できるようになった音が「ダ」だったのです。
余談ですが・・・。

名曲「Dada」を、かみさまもたいそう気に入り、
ごほうびに白熊に「ユミイシイ」という名前をつけて下さいました。

そして
「おまえたちには、出逢うべき仲間がいる。
その仲間達と出逢うための旅に出るのじゃ。
その仲間達と果たすべき仕事がまっておる。 」
と私達に言い残し、帰っていきました。

つづく・・・・
かも。

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Gocoo kaoly

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日本国内をはじめ、世界中で活動している創作和太鼓グループ「GOCOO」のリーダー。
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