GOCOOメンバーとの出逢い ユミイシイ編

あれは1990年代初頭のことだったと思います。
ある日、ふと気づくと、
私は上野動物園の白熊舎の前に立っていました。
自分がもうどれくらいの時間、そうしていたのか、
よく分からないのですが、
私は確かに、ある1頭の白熊に魅入られてしまっていました。

故郷のアラスカの海に見立てたにしては、
あまりにお粗末な水溜まりで、
それでも気持ち良さそうに、優雅に、水と戯れ、
そして岩場に上がってきては、手ごろな木の枝を持ち、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉxxx〜」とものすごい雄叫びを上げながら、
並べた切り株に、繰り返し繰り返し、振り下ろす・・・
ひとしきりそうして切り株を打つと、
またおもむろに水の中へとその体を投じる・・・
そんな白熊の一挙手一投足に
そしてその瞳の中に見た「ひかるもの」に
私のこころは、すっかり奪われてしまったのです。

私は思い切って、上野動物園園長にオネガイをしてみました。
「園長、どうか、あの白熊を自由の身にしてやっては頂けないか」
すると園長は
「いいよ」
と、予想に反して、いともあっさりと、
白熊を動物園から解放してくれたのです。

私と白熊は、めでたく手に手をとって、
上野公園口から動物園の外に出ると、その足で
かみさまの所へ行きました。
「神様、どうか、この白熊を人間にしてやっては頂けないか」
するとかみさまは
「いいよ」
と、これまた予想に反して、いともあっさりと、
白熊を人間にかえてくれたのです。
「そのかわり、白熊だった記憶は、
うすぼんやりとしか、残らないんだかんね」
まあ、こういう場合、
一切の記憶が残らないってのが 常識でしょうから、
うすぼんやり、ってのもどうか、とは思いつつ、
かみさまのきもちが変わらないようにと、
私達は異議を唱えることは控えて、望みを叶えて頂きました。

やがて白熊は、
純粋で、情緒豊かで、こころ優しく、思いやりと才能に溢れ、
時に傷つきやすく、感情の波にみずから溺れそうになりながらも、
熱いハートとダンサブルなボディで、
その荒波さえも乗りこなすようになり、
魅力的な、お年頃のむすめさんの、太鼓打ちに成長しました。

「精一杯生きているお前の姿は、いつも見ているよ」
と、ある日かみさまが訪ねて来て下さいました。

ちょうどその頃、白熊は
名曲「Dada」を完成させようとしていたところでした。
まだにんげんのことばは、うまくしゃべれない白熊が
最初に発音できるようになった音が「ダ」だったのです。
余談ですが・・・。

名曲「Dada」を、かみさまもたいそう気に入り、
ごほうびに白熊に「ユミイシイ」という名前をつけて下さいました。

そして
「おまえたちには、出逢うべき仲間がいる。
その仲間達と出逢うための旅に出るのじゃ。
その仲間達と果たすべき仕事がまっておる。 」
と私達に言い残し、帰っていきました。

つづく・・・・
かも。

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日本国内をはじめ、世界中で活動している創作和太鼓グループ「GOCOO」のリーダー。
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