GOCOOメンバーとの出逢い タロウマツザキ編

GOCOOメンバーとの出逢い タロウマツザキ編

桃太郎は、鬼ケ島から1匹の子鬼を連れ帰っていた。

この後日談は、案外知られていないのであるが、事実なのである。

桃太郎という人は、これがまあずいぶんと酔狂な人で、
鬼ケ島へ乗り込んでいって、大暴れした後は、
鬼達がすっかりおとなしくなったのをいいことに、
やれさーふぃんだの、やれ、だいびんぐだのと、
島の暮らしを満喫していたのであるが、

そこで、芸と才に長けた、やんちゃ坊主の1匹の子鬼と出逢い、
たいそう気に入って、いよいよ島を離れるという時に、
一緒に連れ帰ることにしたのである。

おじぃさんとおばぁさんの家に戻った桃太郎は、子鬼に言った。

「おまえもこれから人間の世界で暮らしていくんやから、
なまえちゅうもんが必要や。
そうやな、お師匠はんが弟子に名前をつけるとき、
おのれの名前の一文字をつけてあげるやろ?
おまえにはおいらの名前から一文字とって、太郎、ってつけたるわ」

桃太郎は、喋れもしない方言をその気になって使うのが趣味だった。
この日は、関西方面な気分であったらしい。
しかも、太郎、だったら一文字じゃなくて二文字じゃん。
だし、そういう場合、桃、の方を使うか、
ナントカ太郎にすべきじゃないのか。
子鬼は心の中で独りごちた。

さて、そんな「太郎」の新生活、人間の世界へやってきても、
太郎のやんちゃぶり、いたずら好きは健在で、
桃太郎家には日々
「こら!太郎!」「おい!太郎!」「まて!太郎!」
といった声が飛び交うこととなったそうな。

そうして、桃太郎と子鬼の太郎は、風の吹くまま気の向くまま、
犬、サル、キジを従えて、またなにかしらを退治しに出かけてみたり、
さーふぃんに興じてみたり、きびだんごビジネスにいそしんでみたり、

また手先の器用な太郎は、桃太郎の姿を模した人形など作り、
鬼ケ島にいたころから習い覚えた太鼓なども手づくりし、
退治の合間に、桃太郎、犬、サル、キジと、太鼓を打ち鳴らし、
おじぃさんとおばぁさんも交えて、楽しく愉快に
末永く、幸せに暮らしましたとさ。

さて、鬼というものは、たいそう長生きな生き物で、
人の千年が鬼の百年という。
やがておじぃさん、おばぁさん、犬、サル、キジ、
そして桃太郎までもがあの世行き。

だぁれもいなくなっても、子鬼はまだまだこどものまま。
時代ごとに姿かたちを変え、百年、二百年、三百年と、生き続けた。
でこに生えた小さなツノのせいで、
いつの時代もこども達にいじめられもしたが、
元来がいじめっ子体質のやんちゃ坊主な太郎のこと、
じきにその子らをぎゃふんと言わせ、ガキ大将ぶりを発揮しては、
「こら!太郎!」「おい!太郎!」「まて!太郎!」
と言われ続けて、ん百年。

どうやらこの間に、
三蔵率いる悟空一行との遭遇があったとか、なかったとか。

またあるとき太郎は、夢に出てきた仙人のような老人の姿を人形に仕立て、
これが「鐘馗」さんと呼ばれるようになって、
江戸時代には、京都を中心に、この鐘馗さんが
無病息災の守りとしてたいそう流行り、
一躍財を成したりしたのであるが、
鐘馗さんが、子鬼を踏んでいる姿であることからもわかるように、
夢に出てきた老人は、太郎を案じて現れた桃太郎の
老いた姿であったとか、なかったとか。

案じたってぇわりに、オレを踏みやがって・・・とは太郎の言い分である。

さて、そんなこんなで時代は昭和。

太郎もちょっとは年を取ったが、やってることは、ちぃとも変わらない。
なりわいとして、人形などつくり、
天気のよい日はサーフィン三昧、
あいかわらず風の吹くまま気の向くまま、のほほんと暮らし、
タイコビートに乗せられて、六本木マハラジャなる踊り場に通いたおし、
幾晩も踊り明かしもしたが、

どうやら長い永い年月生きる間には、
太鼓のことをうかうかと忘れてしまっているときもある。
タイコビートを聴くたびに、なにやら
忘れていることがある気がしてならぬ。

さてここでようやくワタシの出番である。

このときのワタシは、自分が旅に出ようとしていることも、
旅の仲間達と出逢おうとしていることも、まだよくわかっちゃいなかった。
が、ある日ある時あるところで、太郎とワタシが出逢う、
その瞬間は訪れたのである。
六本木飯倉片町交差点付近での出来事。

ワタシと対峙した太郎は、
まだ、でこに小さなツノをもつ鬼の姿をしていた。
「げ。鬼・・・。」
町なかで鬼に出逢えば、そりゃ、ふつうビビるだろう。
だって鬼、だもの。

でも、ワタシと太郎の視線が、惑星直列の如くひとつの線で結ばれた時
―それがワタシ達の封印が解ける瞬間だったのだ。
そういうカラクリだったのだ。
太郎はたいせつな記憶をそっと手のひらにのせて差し出すように言った。

「おいら、たいこ、うつよ」

その一言が、「ひらけゴマ」の呪文の如くワタシにとっての、
我が身に託された役割果たすぜスイッチON!!の言葉であったのだ。

そのスイッチは、一度ONされたら、
もう止まらない。止めることはできない。

かくして、旅は始まったのである。

さて、旅の始まりに、ワタシは太郎を連れて、
かみさまのところへ、ツノを取ってもらいに行った。
やっぱしちょっと体裁が悪い。
ツノはマニアックに過ぎる。

かみさまはこの頃から拍子抜けするほど気さくで、
ワタシが、太郎のでこのツノを取ってはもらえまいか、と頼むと、
「ええよ」
と、なぜかこれまた謎の関西弁で、気軽に応じてくださった。

「あ、あのでもね、ツノ、取ってあげるけど、
そこんとこ毛が生えないからね。
そこまでは、わしも責任持てんの。わるいね。
あ、あのそれとね、ツノって脂でできてるからね、
取っちゃうと、でこが脂っぽくなりがちだからね、よく洗顔して。
はい、できあがり。」

そんなわけで、太郎のでこは、ちょいと広くてテカっている。
仕方ないのである。

そしてワタシ達が出逢った町、六本木の名の由来、
六本の大きな松の木にちなんで、かみさまは太郎に
「松崎太郎」という名前をつけてくださった。

「太郎や。お前は何百年、このときを待ったことだろう。
太郎の太の字は太鼓の太の字じゃ。
さあ、おまえ達が出逢うべき仲間が待っておる。
そして、果たすべきしごとが待っておるよ。旅立ちのときじゃ。」

そう語りかけるかみさまに、
太郎は桃太郎のおもかげを見た気がしたが、
あまりに昔のことでうまくは思い出せなかった。
そうしてワタシ達は、
果てしなき道を歩き始めたのであった。

うそのようなほんとうのはなし。
つづく。

コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

Gocoo kaoly

kaoly230.jpg
日本国内をはじめ、世界中で活動している創作和太鼓グループ「GOCOO」のリーダー。
詳しくはこちら

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM